2013年02月16日

統一アルバ王国の成立

統一アルバ王国の成立
いまに伝わるケネス・マカルピンの伝説は、アルバ王国がどのようにして成立したかを説明している。それによれば、アイルランドから渡ってきたスコット人のダルリアダ王国が、東のアルバ王国を征服し、ケネス・マカルピンはケネス1世としてアルバ王国の王位についたとされる。しかし、両者を比較したとき、ダルリアダ王国の劣勢はあきらかであり、この伝説の信憑性は低いとされている。また、最近の研究ではケネス1世没後、ピクト人の王があとを継いだと考えられている。
一方、スコットランド南西部は、638年ごろからアングル人のバーニシアついでノーサンブリアの勢力下にあった。この地方がスコットランドに組み入れられるのは、1018年のマルカム2世の征服によってであった。このころにはオークニー諸島・ケイスネス・サザランドといった北部地域を除き、スコットランド王朝の支配下にあった。北部や島嶼地域は依然ノース人の勢力圏になっていた。
このころ確立されたタニストリーという王位相続制度によって、スコットランドは二つの家系が交互に王位を継承していた。タニストリーは王の生前から後継者を決めてあるため、後継者にしてみれば王の早逝が望ましかった。結果、王の暗殺事件が頻発することになる。戯曲「マクベス」は、こうした社会的背景によって起きた事件の物語である。
posted by HappyKRE at 01:19| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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